相対的貧困は甘えではない理由 批判する人の心理

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相対的貧困の定義とは

OECDの定義によると等価可処分所得が全人口の中央値の半分に満たない世帯員を相対的貧困者と定義していて、この割合を示したものが相対的貧困率となります。

ちょっと分かり難いと思いますが、大雑把に言うと全人口の年収の中央値の半分よりも幾分少ない所得しか得られない人が相対的な貧困者と考えればよろしいかと思います。

国民生活基礎調査によると2012年の日本の相対的貧困率は16.1%です。

それに対して絶対的貧困とは食べ物も十分に食べられない、住む家が無い、着る服も無いという生活して行く上で必要最低限の所得すらない人のことを指します。

相対的貧困はなぜ批判の対象になるのか

ネット上ではこの相対的貧困に対して、批判があるようです、「貧しい国の人達と比べたら貧困ではない」とか「自分の方がもっと苦労している」などの意見が多いようです。

また、相対的貧困を取り上げたテレビ番組に出演していた人が、相対的貧困には当てはまらないのではという事で一時、批判されていたようです。

相対的貧困に限らず、ホームレス問題、ニート問題、ワーキングプア問題などには必ずと言っていいほどその当事者を批判する人たちがいます。

この心理を理解するためには「行為者・観察者バイアス」という大多数の人が陥りやすい認知バイアスを知る必要があります。

分かりやすく説明すると「自分に優しく他人に厳しい」という視点で認知の歪みを生じさせてしまう事です。

自分が貧困で悩んでいる場合は、普通は「すべて悪いのは自分なんだ」とは思わないものです、そう考えるとあまりにも辛いからです、「努力はしたけど環境や運が悪かったせいもある」と思った方が気が楽です。

でも、そういう考え方をする人が一方で、他人が貧困で悩んでいるとなると違う見方をします。

「他人が貧困に陥ってしまったのは、本人の努力が足りないからなのではないか」、「好き好んでそうしているのではないか」と思ったりします、一貫性がないように感じるしれませんが、このような認知の仕方をした方が気が楽なので、多くの人が知らず知らずのうちにこのような考え方で認知を歪めてしまいます。

相対的貧困の問題もこのような行為者・観察バイアスと言う認知バイアスによって、正確な理解が妨げられてしまっている可能性があります。

相対的貧困はマクロの問題

上で述べた通り、相対的貧困に対して否定的な見方をする人が結構多いようですが、相対的貧困はその国の経済、社会状況を正確に把握し、今後の政策に活かすためにも必要な指標です。

相対的貧困率はその国においてどれぐらいの人が、中流以下の生活を強いられているかを知る上で有効な指標となります。

これはマクロ経済学の問題であって、ミクロの個別の問題について、個人の努力が足りているかどうかを判断するための指標ではありません。

個別の事例についてAさんは「甘えてる」とか、「貧困ではない」という意見があっても、考え方は人それぞれですから別に問題ないわけですが、それは社会全体の経済を政策によってどうやって改善していくかいう問題とは関係がありません。

バブルの頃に働いていた人が、バブルを経験していない人よりも、たくさん努力していたかと言うと決してそんなことは無いはずです、バブルを経験していない今現在20代ぐらいの人も頑張って働いているはずですが、バブルの頃ほどには豊かとはいえません。

個々人の努力も大切ですが、景気が良い悪いというのは、もっと大きな社会の趨勢によって決まるので、個人の力ではどうしようもない部分があります。

豊かな日本だからこそ、相対的貧困率という指標が無ければ、経済の問題が把握しにくいという事でもあります。

逆に絶対的貧困だけを問題視すべきというのなら、それこそ日本においてはそれほど意味のない指標となります、日本では絶対的な貧困に陥っている人は殆どいないからです。

絶対的貧困率という指標だけで経済政策を論じるなら、経済が停滞しているとか、所得が伸び悩んでいるとか、そういった問題が存在しないという事になりかねません。

相対的貧困と内需の関係

日本のGDPの約6割は内需です、2014年度の名目国内総生産489.6兆円の内、59.9%が民間消費です。

つまり、このまま相対的貧困者が増えていくと日本のGDPを支えている内需に大きな悪影響を与える可能性があるという事です。

所得が減る→消費が減る→所得が減るというデフレスパイラルに陥ります。

絶対的貧困者にだけ着目するとこのような問題点が見過ごされてしまいます。

絶対的貧困者の方がより生活に困っていると言えますが、日本の場合は相対的貧困者の割合の方が多いため、相対的貧困者による影響の方がより顕著になるはずです。

個人の努力ももちろん大切ですが、巨視的な視点からこの問題を捉えて、どのように所得や消費を伸ばしていくかを考える必要があります。

相対的貧困の代わりに別の言い方をすべきでは?

相対的貧困の定義を知っていても、相対的貧困は貧困ではないと言い張る人がいます、貧困という言葉の響きから、どうしても絶対的貧困を連想してしまうのではないでしょうか、ですので、貧困という言葉を使わずに別の言葉にした方が良いのではないでしょうか。

例えば「非中流者」、「非中流率」などの良い方であれば、貧困ではないけど富裕層や中流ではないという意味になりますので、相対的貧困に否定的な人たちにも理解してもらいやすくなるかもしれません。

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